耽 溺









 
――どうして、今日に限って、雨だったのだろう……?

眼前に並ぶ友人達をぼんやりと眺めながら、楽俊は遠い意識の中でつぶやいていた。

ここ数日はずっとよい天気が続いていて。

昨晩から陽子が遊びに来ていて。

今日は二人で市に行こうと約束していた、のに。

「俺はそれなりに経験のある年上の方がいいな」

「ああ、鳴賢はそんな感じだな。気軽に遊べる相手の方が楽でいいんだろう?」

「いや、気楽っていうのも確かにあるけど。 色々教えてもらえるだろ?

年下だと恥ずかしがってどこをどうして欲しいのかなかなか言わないんだよな」

「莫迦。そういう恥じらいがいいんだろ?」

「恥じらいならいいけどな。あとになってあれはどうだった、これはどうだったって言われるのは

勘弁って思わないか?」

いびつな円陣を描いて座っている一同の顔の上を、鳴賢の視線がさらりとなでる。

楽俊は目を伏せた。

伏せる、と、床に広げられた書物が目に飛び込んできて慌てて、逸らす。

古ぼけてくすんだ色調のこの堂室のなかにおいて、不似合いな、それ。

鮮やかな色彩の、艶かしく肢体をくねらせた、美しい男女の姿絵。

思わず溜息をつきそうになって、飲み込む。

――どうして、雨がやんでくれなかったんだろう……?

雨がやんでいたら、食事は外で食べようと誘っただろうに。

遊びに行けず、暇をもてあました友人達が、この部屋を訪れることもなかっただろうに。

「赤子は? 確か十七だったよな。まだなんの経験も無いか?」

「ちょッ……鳴賢!」

男物の衣服を身につけた陽子が、実は女性だと知るのは当然ながらこの場で楽俊だけだった。

女性特有の潔癖さをあまり感じさせない陽子だが、さすがにこんな話になれば嫌がるに違いない。

半獣の自分をそれと知りながら全く差別せずに付き合ってくれる大切な友人達だが、

陽子に関することだけは話が別だ。

「陽子は関係ないだろ!」

そもそも、友人達が堂室に来た段階で客が来ているからと、断ろうとしたのだ。

艶本が出てきた時に、再度注意もした。

しかし、それをすべて止めてきたのは。

「いや、あるよ」

あっさりとした陽子の返答に、楽俊は固まった。

「ある」というのが、鳴賢と楽俊の、両方の言葉に向けての答えだということをも理解して。

「よ……陽子ッ!」

陽子は楽俊に向かってちらりと笑みを向け、鳴賢に視線を戻した。

陽子の薄く微笑む口元に、花が香るにも似て甘やかなものがただよう。

首筋の後ろに血がのぼってくるのをはっきりと自覚しながら、楽俊はまた別の安全な場所へと目を逸らした。

鳴賢はというと、楽俊の動揺に全く気付いた様子もなく、へえ、と面白そうに呟き、

「蓬莱ではそういうのは早いものなのか?」

軽く問いかける。

「いや、あっちじゃない。こっちに来てからだ」

陽子の声を聞きながら、

「年上のひとなんだけど、鳴賢がさっきいったような年下みたいな恥じらいのあるひとでね」

楽俊は唇を噛む。

――どうして、こんな話になったのだろう……?

顔が熱い。

心音が体の中に大きく響いている。

「手を握るだけでも真っ赤になるひとだから、絶対明るいところではさせてくれない。

唇に触れるのだって、夜になってからだし」

隣に座っている鳴賢に、気付かれてしまいそうなくらいに。

呼吸の仕方さえも忘れてしまう。

どうすればいい?

「面倒なんだな」

「そうかもしれない。でも、そういうところがいいかな、とも思うんだ」

思わず陽子の顔を見てしまう。

と、まるで待ち構えていたかのような翡翠色の瞳に、がちりと絡んだ。

「あっちの言葉に、秘すれば花なり、という言葉がある。言い置いて何かある、とも言うな」

細められる目元。

墜落と高揚とがいっぺんに襲ってくる奇妙な感覚。

何か秘密の仕掛けでもあるかのよう。

「ふたつともものを表現する人物の言葉だけれど、要はあんまりあけっぴろげだと幻滅する、ということだ」

「あけっぴろげはあけっぴろげでいいもんだけどな」

「気楽にやりたいなら、だろう?」

持ち上がる口角。覗く真珠色の八重歯。

どうしようもなくて、くらくらする。

「灯を落とした暗闇のなかで、月の光にぼやけて白い輪郭が浮かぶ」

やわらかな曲線と。

「触れると頼りないくらいすべらかで、つめたい」

熱い体温。

「口に含んで歯をたてると、可哀想なくらい震えるんだ」

昨日、夜の静寂のなかで、睦言のように語られたのは、美しい歌声で男を誘う海の魔物の話だった。

「そういうのを見ると大事にしてあげよう、と思うよ」

昏い虚ろな海からやってきて、雲の上の海へと去って行った、ひと。

「そうだよな、俺も赤子の意見に賛成だ。女はそういうところがいいんだよ」

――女、じゃないんだけどね……。

陽子の瞳は、楽俊に向かって確かにそう囁いた。

けれど、唇は変わらず笑みを浮かべたままで。

楽俊はうつむく。

哂われても仕方がない、と思う。

本来ならば、年上の自分がきちんと抱いてやるべきなのだろうとも、思う。

……でも、怖い。

壊してしまいそうだとか、大切にしたいからとか、そういうことではなくて。

畏れて、いるのだ。

臆病で不安ばかりの自分は。

「そんなひとだから技術はない。けど、一生懸命なんだ。

うるさくしゃべらないで、いっぱいいっぱいなのを必死に堪えてるのも可愛いな」

―― 一緒にいこう。

「声を出さない女か」

陽子は誘う。

「滅多に出さない。でも、意外に声を抑えているほうが良くないか?」

ついて出そうになる言葉を堰き止め、ただ欲望の海の中でもがく。

「表情と体の反応で相手をさぐるというのも面白いぞ」

――欲しい。

「なるほどなぁ」

――お前を、手に入れたい。

「そういうひとを見ているせいかもしれないけれど、何も言わないであとから文句を言うというのは、

恥じらっているとは思えない。心から恥じらうひとは、最初から体を許さないよ」

その点についてはかなり苦労したけど、と陽子は低く笑う。

「想像の余地が残るくらいが丁度いい、ってことか。確かに、全部見尽くしたらそれ以上はないもんな」

我をなくし、夢と現が分からない場所に放り出され。

「妓女の手練手管だな。もうちょっと一緒にいたい、ってところで帰すんだ」

―― 一緒に、いよう?

「そうだな」

所詮、と淡い唇が続けた。

「現実なんてものよりも、わたしたちの頭の中の方がはるかに綺麗で愉悦に溢れているんだ」

深い水底に導かれ、溺れる。

「なら、赤裸々な現実は想像を台無しにするだけだよ。

想像を刺激して、より拡大してくれる相手の方がいいと、わたしは思う」

雲の高みに飛翔し、まばゆい光の中に誘う。

「空想とか妄想とかいう壁を少しずつ外していって、お互いの体に溶けてしまうのもいいもんだぜ?」

ただ、畏れる、のは。

「そういうのもいいのかもな。まあ、今のところはお互いに理性と緊張感がある方がわたしはいいって話だ」

そこに行っても、やぱりお前は王で、自分はみじめな半獣である、ということ。

――ならば。

「鳴賢のいうようなことは、実際に試してから感想を言うよ」



――ここでずっと一緒に、溺れていたい。



「よ……こ……ッ!」

声がかすれる。

喉がからからなのだと、初めて気付いた。

「何? 楽俊」

向き直った彼女に。

思わず、息を飲んだ。

どうすればいい?

止められなくなる。

見つめてくるのは。

濃厚な蜜を滴らせた、深淵の瞳。

「さて、もう遅いしこれくらいにしようか」

いつの間にか、この場の主導権は陽子の手に握られていた。

王の貫禄、なのだろうか?

そのことに文句を言うこともなく、誰もがごく自然に陽子の意のままに従ってしまう。

心も、体も。

「ほら、楽俊。いつまで呆けているんだ。明日はまた朝早くから講義だろう?」

「え……、あ。うん……」

全員を堂室へ帰すと、陽子はてきぱきと後片付けをして、その間座りこんだままでいた楽俊の腕を

引きあげた。

神秘の河に流されて。

昏い海の底に溺れて。

「あの……な。……陽子……」

「何だ?」

「おいらは……その……」

「ん?」

絡めとられて、籠に囚われて。

もう、逃げ出せない。

「おいらも、陽子のことを大事にしたいって思って、る……」

「うん。知ってる」

そう言った陽子の顔は、暗闇が隠してしまった。

陽子が、灯りを吹き消してしまった、から。

「わたしはわたしのやりたいように。楽俊は楽俊のやりたいように。

それで、いいと思うよ?」

含み笑いが唇に触れて。

閉じた瞼の中で、銀色の鱗をまとった魚になって。

やがて意識は。

深く、深く。

沈んでいく。





























 
 
 












了.
2007.7.1.




ご、めん・・・なさいッ!!!
頑張ったんだけど。
本当はもっとエロくしたかったんだけど!!
うわわ〜〜〜ん!!!
どうしてもっとエロくならないの〜〜〜!?(爆笑)

こんな超力不足な作品で大変申し訳ないと重々反省してます。
リテイクがんがん受け付けています。ここはこうして欲しい〜とか、
どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいませね!

そして、皐妃さん、大変遅くなりましたが、

お誕生日、おめでとうございます!!



緋魚









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