ここは慶国、時は赤楽元年……。

ラ・ベル・エポック(華やかな古き良き時代)

慶国では新王が即位し、龍旗が掲げられ。

美しく着飾った貴婦人たちが恋とロマンを求めて堯天の街にあふれていた!




ジュテーム……


ジュテーム……


おお

貴女を…


愛さずには

いられない……



「本当に王になったんだなぁ」

 室内に立つ黒衣の人影を認めて、ネズミは小さく呟いた。即位式をすませたばかりの麗しき王は

振り返る。入室したネズミに目を留めて、主上は鮮やかな笑顔を浮かべた。

「――楽俊」

 主上は、灰茶の毛並みのネズミに頭を下げた。

「楽俊、ありがとう。おかげでなんとか、即位式までこぎつけた」

「よせやい」

 ネズミは尻尾をふる。

「おいらは一介の半獣だもんな。王さまに頭を下げられたんじゃ、寝覚めが悪いや」

 主上は海の彼方、倭国――王の祖国では日本と呼んだ――の生まれで、一緒に慶国に来る途中で

はぐれてしまい、その間にあのネズミに助けられて登極した。主上は「偽王らに追われ、

行き倒れそうになって、心身ともに荒んでいた自分を救ってくれた楽俊への感謝はいっそう深い。

登極までの長いようで短かった八か月を思うと、自然に頭が下がる」と言うが、ネズミの半獣ごときに

軽々しく頭を下げる主上を見るのは、非常に腹立たしく感じられることだった。

 あわあわと尻尾を右往左往させるネズミを、軽く主上が笑う。こらえきれず、わたしは部屋の中に

足を踏み入れた。わたしはもう礼服を平服に改めていた。ネズミは、ちらりとこちらを見ると、

ぎくしゃくと一礼した。主上は笑んで振り返る。

「――景麒、楽俊が来てくれた」

 リュミエール。明るい光のような主上。

 ジュテーム……ジュテーム……。おお、貴女を愛さずにはいられない……。

 望むものは実力で手に入れる。たとえ、それが女性であれ……何事にも邪魔する者は容赦はしない。

 わたしは、今日まで不幸だった。王のために生まれてきて、親もなければ兄弟もない。

名前さえなく、王を選べばこき使われ、そのあげく、死ぬときは王のせいで、死体は妖魔に喰らわれる。

 どれだけ反発しても、運命と条理には逆らえなかった。わたしは、一人の娘を王に選んだ。

だが、先王の在位はわずかに六年。

 目を閉じれば青白い顔が思い浮かぶ。彼女は優しく、思慮深い性格だった。内気に過ぎることを

除けば、決して玉座に価しない人柄ではなかった。――だが、彼女が望んでいたのはあまりにも

凡庸な幸せだったのだ。

 失望と落胆で辟易していたところを延麒に誘われて、ふらりと訪れた蓬莱で、わたしは一人の少女を

見かけた。長い間探してやっと見つけた理想の王だった。たとえどんなことをしてもこの腕に抱きたい

少女……!

 ジュテーム……ジュテーム……。おお、貴女を愛さずにはいられない……!

 ……やがて、邪魔な予王は死んだ。新王として登極した主上は、なみいる慶国の令嬢たちをけって

わたしが王にと望んだ女性。主上を愛しているがゆえに主上を得るためにはわたしは手段を選ばない。

 主上はわたしのものだ。主上はわたしのものだ………!!

 午寮でも容昌でも、ネズミは生き延びてきた。だが、今度こそネズミにわたしの幸せの邪魔などは

させない。これ以上もうネズミをこのままにしてはおけない―――!

 ジュテーム……ジュテーム……。おお、貴女を愛さずにはいられない……。


     *

     *

     *



「楽俊を、柳へ?」

「柳の様子がおかしいということは、慶国でも話題になっておりました。楽俊どのなら、貴方様よりも

適任だと思うのですが」

 ふむ、と延王は考え込んだ様子だった。延王は真実を隠して手を組むには少々厄介な相手だったが、

ここまで来ると、わたしも手段を選んでいる暇はなかった。

「確かに、俺が行こうと思ってはいたがな」

「残された延麒から、愚痴を聞かされるわたしの身にもなって下さい。楽俊どのなら立派にやりおおせて

くれるでしょう」

「………まぁ、な」

 延王はちらりとわたしを見上げた。

「だが、景麒。お前、何を企んでいる?」

 さすがは五百年を支えてきた一国の王だった。腹の探り合いはお手の物だろう。だから、わたしは

言った。

「主上と楽俊どのとはあまりに親密に過ぎます。わたしは、また王を失いたくないのです」

 疑り深い相手には、心のうちを明かしたと思わせておくことが肝心だ。

「………なるほど、な」

 案の定、その返事によって延王はあっさりと肯いた。

「ならば、協力してやっても構わん……だが、道中何があってもこちらは責任は持てないぞ」

「もちろんです」

「最悪、楽俊が命を落として、陽子が失道するようなことになるかもしれんが?」

 それこそ望むところだ、とわたしは思ったが、

「楽俊どのなら大丈夫です。仮にも主上を助けて登極させた人物です」

「まぁな」

 延王はにやりと笑った。

「では、そのように手配しておこう」

 ジュテーム……ジュテーム……。おお、貴女を愛さずにはいられない……!!

 延王の返事に、わたしは内心驚喜した。延王は、まだ知らされていないようだったが、柳は現在ひどく

キナ臭い上に、恭から宝物を盗んで逃亡しているという芳の公主もいるらしいのだ。

 あのネズミが、混乱している柳の土地で事件に巻き込まれて、いなくなってくれれば万々歳という

ものだった。

 だが、ネズミがいなくなって主上を独占出来ると思ったのもつかの間、主上もまた市井に紛れて

生活をしてみたいと王宮を出て行ってしまった。ネズミも責任を持って任務を果たしているらしい。

「こんなはずではなかったのに……」

 わたしは歯がみしたい思いだった。

 ああ…主上! 貴女が欲しい! この体が貴女を待っている! 今わたしが一番欲しいものは主上、

貴女なのだ…!

 使令の報告によると、主上は和州の反乱軍の中にいるという。

 危険なことをしないでいてくれれば良いのだが、と心配していると、

「台輔。主上からご連絡が」

 ある夜半、班渠がゆるりと現れた。瞬間、思わず悲鳴が出た。

「……下がれ! ひどい死臭だ」

「失礼しました。主上の手伝いをいたしましたので」

 その言葉に、わたしはぞっとした。

「主上は、ご無事なのか?」

「はい。台輔に、和州まで来て欲しいと伝言を」

「わたしに、戦場に赴けと?」

「主上のお考えは知りませんが、とにかく傍にいて欲しいとのことでした」

「………わたしに……傍にと…」

「はい」

 ジュテーム……ジュテーム……。おお、貴女を愛さずにはいられない……!!

「班渠……この数ヶ月、心配していたが、主上はこれで…やっとわたしの目の届くところへ来る……」

「ええ」

「では、明日にでも和州に行こう。そのように、主上に伝えてくれ」

「かしこまりました」

 主上……今のわたしはなんだって手に入る。わたしはどんなことをしても貴女が欲しい……!!!

 ジュテーム……ジュテーム……。おお、貴女を愛さずにはいられない……!!


     *

     *

     *



 延王が金波宮を訪れたのは、和州の乱が落ち着いて、ひと月たったあとのことだった。

「和州の乱では、影で楽俊も一枚噛んでいだらしいな。さすがはお前が見込んだだけのことはある」

 わたしの憮然とした顔を知りながら、延王はにやりと笑った。

「おかげさまで、主上と楽俊どのの間はより親密になりました。わたしはまた頭痛の種が増えましたよ」

 我ながら冷え切った声だった。

「あんまり妬くものではないな、景麒。女は自分に見向きもしないような男に惚れるものだというが、

お前もそうだとは知らなかったな」

 くっ、と喉の奥で笑う延王に、わたしは視線を投げかけて不快の念を伝えた。

「良い顔だ。景麒……」

「え、延王……!?」

 不意に、延王の顔が近づいてきて、わたしは慌てて飛びのこうとした。

「景麒、俺も自分に見向きもしないような者を手に入れるのが趣味でな……」

「な……や、やめて下さい、延王……!」

 逃げようとしたが、男の太い腕に、素早くがっちりと抱き寄せられる。

「女官たちがくる!! やめろ……」

「知れたって構わん。俺は、王だ。お前を抱いたところで、誰も責めることなど出来ん」

「ば………、馬鹿なことを言うな!! 誰が貴方なんかと……わたしは……!」

「……いいのか?」

 ひどく酷薄な笑みを浮かべて、延王は言った。背筋が凍りつきそうな笑みだった。

「俺は、知っているんだぞ。お前が陽子の寵愛を受けたいがために、楽俊を柳にやろうとしたことを。

俺は、みんな知っているんだぞ、景麒……」

「延王……!!」

「お前が黙って俺に抱かれるならば、黙っていてやろう」

 おそらく、わたしの顔は蒼白だったに違いない。

「え……延王……」

「今頃は、陽子も楽俊といい雰囲気でやっているころだろう。お前も、俺と存分に楽しめばいいのだ」

「…………!!」

 ジュテーム……ジュテーム……。

 おお、主上……。

 主上…………!




 
 ジュテーム……ジュテーム……。

「また、来てやるからな、景麒………」

 男の、とろけるような甘い声が聞こえる。

「俺を殺したければ、いつでもやるがいい。麒麟のお前に出来るのなら、な」

 遠くなる意識の中で、ひどく残酷で優しいキスが降ってくる。





 
 ジュテーム……ジュテーム……。おお、貴女を……愛さずにはいられない……。



















了.

2004.8.2.


ごめんなさい……。いづみさん、皐妃さん。
こんな伯爵令嬢、伯爵令嬢じゃないっつーの……。(^^;

反省してます……。 m(_ _)m
もう二度とやりませんです、はい。
返却、リテイク可です。どうぞ遠慮なくお申しつけ下さいませ〜…。


緋魚








緋魚様から頂いた「十二国記・伯爵令嬢Ver」



ちょ…。何から話すよ?!(爆笑)
緋魚様のサイトの60000キリリクを踏みましてね!つーかY部さんと結託してもぎ取ったというか…!!(わぁ☆)
Y部さんが「アンナ様が出てくる十二国記v」というステキ極まりない鬼のようなリクエストをしてくださいまして!

んもうアタイ、速攻で緋魚さんに伯爵令嬢全12巻をかしまし…た!!!

したらもうご覧の通り凄いことに!!(笑死)
スゲーーーーーー!!景麒がアンナ様かつアランだYO!!(爆笑)
そこかしこに散りばめられてる伯爵令嬢用語にもう本当に爆笑★
てゆーか「リュミエール・明るい光のような主上」とかまんまじゃね?みたいな!!(狂喜乱舞)

なんつーかこの作品を頂戴して、改めて実感しました


緋 魚 さ ん 天 才 


SSで人を爆笑させられるその才能…おお!恐ろしい子!!(白目)
緋魚さま、素晴らしいレジェンド★な作品をどうも有難うございました〜〜vvv




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